信楽の歴史

紫香楽(しがらき)が都?

紫香楽宮:甲賀寺跡

1270年前5ヶ月の間(離宮時祭を含めると足かけ4年間)都が置かれた歴史あるまちです。

紫香楽京であったとき、奈良東大寺の大仏は聖武天皇により最初は信楽に建立の工事がなされ、全国から多くの寄進が届きましたが、不穏な出来事が続き計画途中、都は平城京に戻り仏像は現在の東大寺にて造立完成しました。

陶器とお茶、古(いにしえ)の都「信楽」

「全国五大銘茶」朝宮茶

茶道具で一世を風靡した信楽焼と、1200年前中国から持ち帰られ日本でお茶が初めて栽培された場所のひとつといわれる朝宮茶が有名です。

信楽焼は、日本六古窯(鎌倉時代より継続している古い窯の中で、後に大きな産地となった代表的な六つの窯)のひとつで、朝宮茶は「全国五大銘茶」に名を連ね、緑茶の最高峰として歴代天皇にも献上された歴史を持ちます。

六古窯:
愛知県瀬戸焼・常滑焼、滋賀県信楽焼、福井県越前焼、兵庫県丹波(立杭)焼、岡山県備前焼

五大銘茶:
狭山(埼玉)宇治(京都)朝宮(滋賀信楽)川根・本山(静岡)

信楽焼の歴史

信楽焼はおよそ750年前の鎌倉時代(武家政治が始まった)中期に始まります。
当時は、壺や鉢などの日用必需品を製作していました。

信楽焼の穴窯

初期の信楽焼は、穴窯という小規模な、地面に穴を掘った簡単な窯で焼いていました。

茶道の始まりとともに茶人に愛された信楽焼

およそ550年前頃室町時代桃山時代の茶道の始まりとともに茶人に愛され、信楽焼は茶道具に使われるようになりました。